2011年2月1日火曜日

踏切事故の現場をたずねて~JR西日本阪和線杉本町駅構内

 1月30日、一昨年踏切死亡事故が起きたJR西日本杉本町駅の踏切をたずねた。
大阪の天王寺駅から阪和線の各駅停車に乗り換え、15分ほどで杉本町駅に着く。

 杉本町駅は、駅舎が古く、跨線橋は旧阪和線開業当時の面影を残すという。地上駅のホームは島式で2面あり4線が通る。
 杉本町駅は各駅列車しか停車しない。幅およそ4.5mと狭いホームの横を急行や快速が通過するため、早い列車が通過する側だけ柵が設けられている。
 駅の南北にある踏切は、どちらも警報機・遮断機が設置されている。南側の踏切には、踏切警視の詰め所があり、常駐しているという。
 杉本町駅の東側には、大阪市立大学があり、1日の乗降客は2万人近い。にもかかわらず、駅の東側には出口がなく、駅西側から出て1時間に40分以上も開かない「開かずの踏切」を渡らないと、東側に行かれない。杉本駅付近の踏切では、報道などによると、2006年4月以降4件の事故が起き、3人が死亡、1人が重傷を負っているという。
 余裕を持って出ても、踏切が一旦しまって20分から30分も待たされると、授業や出勤に遅刻することになり、地元住民や学生や通勤の人々から、踏切を解消してほしいという声があがっていた。
また、駅舎も2階になっているため、ホームに行くのに階段を4~5回昇り降りしなくてはならず、障害を持った方々やお年寄りや子供を連れた方には、とても利用しにくいと思う。 

上りホームから下りホームを見る。急行線の側だけ柵がある。

JR阪和線杉本町駅 (2011年1月30日撮影)









 2009年10月8日、朝、7時54分ころ、杉本町駅北側の踏切で、踏切を開くのを待っていた通勤の女性が、遮断機がなかなか開かないので遮断機をくぐって渡り、そこに快速列車に来て、女性は撥ねられて亡くなった。
 事故当時、台風の影響で列車ダイヤが乱れ、開かずの踏切がますます開かない状況になっていたという。多数の人が遮断機をくぐって踏切を渡る中、件の女性も待ち切れずに前の人について入ってしまったらしい。
 事故があった10月は、「JR杉本町駅東口設置推進の会」が、同年3月から始めた駅の改善と踏切の解消を求める署名活動をしていたときで、会の関係者は心配していた悲惨な踏切事故が起きたことに言葉がなかったという。
死亡事故のあった杉本町駅北側の踏切

事故のあった踏切から列車のきた方向を見る。列車が来る方向は駅舎で見えにくい。







 駅北側の踏切は、長さが23,4メートルはあるだろうか。踏切の外側、遮断機に近い方を急行線が走っているため、踏切が開くのを待っていると、目の前を特急や快速がものすごい勢いで通過する。
 駅南側の踏切は、踏切道に線路が複雑に何本も走っていて、驚いてしまった。私は、鉄道の専門家ではないから、踏切の上で、線路が急行線と緩行線に分かれてホームに入っていくのがめずらしいことなのか、よくあることなのかわからない。
 しかし、踏切に何本ものレールが横切っているのをみて、愕然としてしまった。
複線できた線路は、踏切の上で、駅を通過する急行と、ホームに入る各駅列車の線路に分かれる。そのうえに、廃止になって今は使われていない貨物線のレールも加わって、踏切の上には、7線がはしる。したがってレールの本数はその倍近くなる。


駅南側の踏切を走る線路
2009年5月には、踏切を渡っていた車いすの前輪がレールとレールの間のガイドに挟まって動けなくなるというトラブルがあったそうだ。

 車いすの方は遮断機が上がったので、渡り始めたところ、すぐに警報が鳴りだし、あわてて渡り切ろうとしたところ、車輪が挟まってしまったという。当時は介護者もいたが、車いすを動かせず、近くにいた学生らが介護者と一緒に車いすを持ち上げて、踏切警視が半開きにしてくれていた遮断機をくぐって、難を逃れたそうだ。
 その17秒後には、特急「はるか」が通過したが、大きな事故にならずにすんだ。しかし、もし、現場に多くの通行人がいなかったら、介護者だけでは脱出できなかったと思う。
 駅南側踏切には、踏切警視が常駐し、踏切を渡る人を誘導している。踏切の警報が鳴りだしているのに、渡ろうとする人には、ベルを鳴らして注意するそうだ。
 駅北側には、踏切警視がいない代わりに、非常停止ボタンと踏切支障を検知する装置(センサー)が設置され、踏切内に人が取り残されたり、車が取り残された際に、列車の運転士に知らせるようになっている。
 杉本町駅の北側我孫子駅をすぎたあたり、駅手前500mくらいのところまで、阪和線は高架化がすんでいる。にもかかわらず、杉本町駅が高架化がすすまないのは、なぜなのか。
 杉本町駅の南北の踏切と、駅北側数十メートル先にある踏切の3か所の「開かずの踏切」が駅周辺の人々の通行を不便で危険なものにしている。踏切が駅東西の町と人を分断し、人の交流や交通を阻害することになっている。
 
駅北側踏切から大阪方面をみる。近くまで高架になっているのが見える。
30日、事故のあった杉本町駅踏切を案内してくださった大阪市立大学の先生は、
「学生をあずかる身として、学生を危険な目にあわせないようにする責任があります。」 と話してくだった。
 杉本町駅のバリアーをなくし、人にやさしい駅にすること、危険な踏切をなくし、安心して通える安全な大学にすることは、先生方をはじめ、地元の方々の願いだと思う。
一刻も早く、杉本町駅の改善がすすみ、危険な踏切がなくなり、事故がなくってほしいと思う。
 最後になりましたが、杉本町駅の踏切で亡くなられた方々のご冥福を祈ります。 

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